バーレーンについて
面積
720.14平方キロメートル(奄美大島とほぼ同じ大きさの島国)
人口
70.7万人(2004年末現在)、うちバーレーン人は、43.8万人(62%)
首都
マナーマ市
民族
アラブ人
言語
アラビア語
宗教
イスラム教(スンニー派約3割、シーア派約7割)
略史
古代バビロニア、アッシリア時代にはディルムーンという名の有力な、貿易中継地であり、またBC3世紀から15世紀にかけては真珠の産地として栄えた。18世紀にアラビア半島から移住したハリーファ家がバーレーンの基礎を作り、1932年には石油の生産を開始、その後近代化を進め、1971年8月英国から独立した。
政治体制・内政
政体
立憲君主制(世襲君主制)
元首
キング・ハマド・ビン・イーサ・アール・ハリーファ国王
議会
1973年 国民議会招集(1975年解散、廃止)
1992年 諮問評議会を設置(立法権なし) 2002年 解散
2002年 二院制の国民議会(諮問院・下院)を設置(立法権あり)
政府
首相 シェイク・ハリーファ・ビン・サルマン・アール・ハリーファ
外相 シェイク・ハーリド・ビン・アハマド・ビン・ムハンマド・アール・ハリーファ
内政
ハリーファ家を中心とする支配層(スンニー派)により、基本的には安定的な国家運営。国民の多数派を占めるシーア派の動向は、内政安定上重要な要因。近年、若年層の失業問題が政治問題化。1994年末には、マナーマ市郊外にて騒擾事件が発生。翌1995年6月、20年ぶりの内閣改造が行われたが、1995年に入ってからも爆弾テロ事件を含む騒擾事件が断続的に発生。1996年6月、バーレーン政府は、「ヒズボラ・バーレーン」なる組織による「政府転覆計画」を未然に阻止し、同組織の幹部44名を逮捕。2004年5月イラク国内の聖地に対する米軍の攻撃等への抗議デモ集団が治安部隊と衝突し、流血事件に発展(事件発生日に内相が交代)。現在は落ち着きを取り戻している。
1999年3月、イーサ首長が逝去し、ハマド皇太子が首長位を継承。
2001年2月、「国民行動憲章」が成立。
2002年2月、憲法改正。体制を首長制から王制に変更。国名を「バーレーン王国」に改める。二院制国民議会を設置。
2002年10月、下院選挙(第1回)
2002年11月、諮問院議員の任命、内閣改造。
2005年1月、内閣改造
2005年9月、内閣改造
2006年11月、12月、下院選挙(第2回)
外交・国防
外交基本方針
- サウジアラビアを中心とした湾岸協力理事会(GCC:Gulf Cooperation Council)の一員として善隣友好関係の維持を軸としたアラブ諸国、非同盟諸国との協力を基本方針とする。歴史的背景から英国との関係は深い。
- イラクのクウェート侵攻に当たっては、サウジと協調しつつ、米・英軍を受け入れ。湾岸戦争後、米国との関係は一層緊密さを増し、1991年には米国と防衛協定を、1992年には英国と防衛協力合意を締結。米第五艦隊司令部が存在する。
- 2004年米国と自由貿易協定(FTA)を締結。
軍事力
- 国防費 3.31億ドル(2002年)
- 兵役 志願制
- 兵力 正規軍11,200人(陸8,500人、海1,200人、空1,500人)
準軍事組織10,160人(保安警察9,000人、国家警備隊900人(1997年首長令により創設)、沿岸警備隊260人)
経済
主要産業
石油精製、アルミニウム精錬、サービス業(金融、観光等)
GDP
実質 約86億ドル(2004年)
名目 約110億ドル(2004年)
一人当たりGDP
16,681ドル(2005年)
経済成長率
5.9%(推計 2004年比)
財政
- 歳入 33.73億ドル(2006年予算)
- 歳出 41.75億ドル(2006年予算)
失業率
約6.6%(2003年)(政府発表による値)
総貿易額
- 輸出 74.8億ドル(2004年)
- 輸入 64.5億ドル(2004年)
主要貿易品目(2004年)
- 輸出 石油、アルミニウム製品、石油化学製品、衣料品
- 輸入 原油(精製用)、車、電気製品、機械・輸送機器、アルミナ
主要貿易相手国(2004年)(非石油部門のみ)
- 輸出 アラブ諸国(41%)、アジア(33%)(うち日本4%)、米国(12%)
- 輸入 アジア(23%)(うち日本6%)、ヨーロッパ(31%)、アラブ諸国(18%)、米国(9%)、オセアニア(8%)
通貨
バーレーン・ディナール(BD)
為替レート
1$=0.3780BD(公定レート)
経済の概況
石油精製・アルミ精錬を始めとした工業化推進による産業多角化をすすめ、中東の金融センターとしての地位を確立。近年は観光政策にも力を入れ、産業投資誘致促進及び雇用機会の創出を目指している。
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