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外国株投資のロイヤルグレイスパートナーズ ロシア

ロシアについて

面積
約1,707万平方キロメートル(日本の45倍、米国の2倍近く)
(参考:ソ連:約2,240万平方キロメートル 日本の60倍)

人口
1億4,200万人(2007年12月現在)(参考:ソ連:2億8,862万4千人/1990年1月1日)

首都
モスクワ

公用語
ロシア語

宗教
ロシア正教が最も優勢であるが、イスラム教、仏教、ユダヤ教等多数の宗教がある。

略史
ロシア国家の起源は、9世紀にノルマン人の首長リューリックがノヴゴロドに来て、「ルーシの国」を建てたことに始まる。13世紀にはモンゴルの支配を受けたが、やがてモスクワ大公国が台頭し、15世紀のイワン雷帝の時にモンゴル支配を克服。雷帝の死後、動乱時代を経てロマノフ朝成立。ピョートル大帝(1682年即位)の時代にロシア帝国の基礎が築かれる。この帝国は、1917年2月の革命により崩壊し、代わって同年10月の革命でレーニン率いるボリシェビキがソヴィエト政権を樹立。その後周辺諸国を加えて1922年にソヴィエト連邦(ソ連)が成立。

ソ連は、共産党の一党支配を基盤とする社会主義国家として1960-80年代には米国と覇権を競うまでになったが、経済・社会は停滞。このような状況を打開するべく、1980年代後半に登場したゴルバチョフ書記長の指導の下に「ペレストロイカ(建て直し)」政策が進められたが、国内の混乱を招き、共産党支配が揺らぎ始めた。そして、1991年8月の政変を契機として一気に崩壊が始まり、同年12月に解体。このソ連を引き継いだのは、エリツィン大統領(1931-2007)が率いるロシア連邦で、同大統領は民主化と市場経済化のための大胆な改革に着手したが、多くの困難を伴い、結局1999年末に任期終了を待たずに辞任した。その後2000年3月の大統領選挙でプーチンが勝利し、同年5月に第二代大統領に就任した(2004年3月再選)。同大統領は、市場経済化の路線とともに、混乱した政治状況を収束させるべく縦の権力体制の構築を進め、政治的安定を達成。2008年3月2日の大統領選挙でプーチン路線継承を表明するメドベージェフ第一副首相が当選。5月7日就任予定。

政治体制・内政

政体
共和制、連邦制(共和国や州等83の構成主体からなる連邦国家)

元首
大統領(任期4年、2期まで);プーチン、ウラジーミル・ウラジーミロヴィチ(2000年5月就任)

議会
連邦院(上院)と国家院(下院)の二院からなるロシア連邦議会
連邦院(定数178:連邦構成主体の行政府及び立法機関の代表各1名)
国家院(定数450、任期4年:完全比例代表制)

政府
首相:ズプコフ、ヴィクトル・アレクセエヴィチ
外相:ラヴロフ、セルゲイ・ヴィクトロヴィチ

内政状況
プーチン路線の継承
プーチン大統領は、「強い国家」を政策目標に、知事の直接選挙を廃し、大統領による事実上の任命制に変更する等、制度改革を実施。議会、知事等の地方エリート、財閥等を抑え、政治的安定を達成した。プーチン大統領は、2008年5月の退任を前に、経済成長、国民生活向上等8年間の成果を挙げて、その継承の必要性を国民に訴え。国民もプーチン大統領を支持(2008年2月の支持率85%)。

大統領選挙(2008年3月2日)
メドベージェフ第一副首相が70.28%で当選。他にジュガーノフ共産党党首が17.72%、ジリノフスキー自民党党首が9.35%、ボグダノフ民主党党首が1.30%獲得。投票率は69.81%。2007年12月、「統一ロシア」等4党が、プーチン路線継承を表明するメドヴェージェフ第一副首相を大統領候補として提案し、プーチン大統領が支持を表明。「統一ロシア」が党候補者として擁立。

プーチン大統領の首相就任計画
大統領はかねてより、退任後も影響力を維持する意向。2007年12月、メドヴェージェフ第一副首相は、自らの大統領就任の場合の首相就任をプーチン大統領に要請し、同大統領はこれを受諾。

国家院選挙結果(2007年12月2日)
プーチン大統領は、プーチン路線継承を掲げる「統一ロシア」の候補者名簿筆頭になり、選挙を自らへの信任投票と位置づけて、政策継承には同党の勝利が必要と国民に訴え、当選後議席を辞退。同党は315議席(定数450の2/3以上)を獲得。他に、共産党が57議席、自由民主党が40議席、「公正ロシア」が38議席を獲得。投票率は63.78%。

「優先的国家プロジェクト」
国民生活向上のため大規模な社会改革プログラム(保健、教育、住宅建設、農業分野)を実施。

人口問題
人口減少の克服が重要課題の一つ。補助金増額等による出生率向上やCIS在住のロシア人の自発的な移住促進を図っている。

テロ情勢
チェチェン情勢は一応の安定をみているが、チェチェン周辺で小規模のテロが頻発。
民主主義状況に対する欧米の批判:欧米は、非営利団体に対する規制強化(2006年4月)等に対し、懸念表明や批判を行うが、ロシアは累次反論。

外交

全般
積極的な首脳外交を展開。経済外交を重視し、世界経済システムへの統合、特にWTO早期加盟が当面の課題。CISが外交の最優先地域。最近は、欧米との関係で難しい局面が見られる一方、中国、インドとの協調を含めアジア太平洋地域重視を打ち出している。メドヴェージェフ次期大統領はプーチン路線の継続を表明。

国防

ロシア軍
連邦軍 約102.7万人、準軍隊 約41.8万人(国境警備隊 約16万人、内務省軍 約17万人など)

戦略任務戦力(約8万人)

一般任務戦力
地上軍約39.5万人、戦車 約22,830両、火砲等 約30,000門
海軍約14.2万人、総トン数:約211万トン、主要水上艦艇71隻、潜水艦53隻(SSBNを含む。)
空軍約16万人、戦闘機 約765機、攻撃機 約793機、爆撃機 約124機(戦略爆撃機を除く。)、SAM1,900基
極東ロシア軍 地上兵力 約9万人、主要水上艦艇20隻、潜水艦20隻、作戦機約630機(海軍機を含む。)
(資料源:2007ミリタリーバランス、「平成19年版日本の防衛」等)

経済

主要産業
鉱業(石油、天然ガス、石炭、鉄鉱石、金、ダイヤモンド等)、鉄鋼業、機械工業、化学工業、繊維工業

GDP(2007年)
32兆9,886億ルーブル(約1.35兆米ドル。24.42ルーブル/米ドルで換算)

経済成長率
▲5.3%(1998年)+6.4%(1999年)+10.0%(2000年)+5.1%(2001年)+4.7%(2002年)+7.3%(2003年)+7.2%(2004年)+6.4%(2005年)7.4%(2006年)8.1%(2007年、予測値)

貿易(2006年)
輸出:3,045億米ドル(石油、天然ガス、鉄、非鉄金属、機械設備 等)(ロシア中央銀行)
輸入:1,639億米ドル(機械設備、食料品、農産物 等)(ロシア中央銀行)
相手国:上位から独、オランダ、伊、中国、ウクライナ、ベラルーシ、トルコ、米国の順。

為替レート
23.93ルーブル/米ドル、36.62ルーブル/Euro(3/7)

経済状況
好調な経済
1998年8月に金融危機に見舞われたが、1999年以降、ルーブル切下げによる国内産業の復調と石油価格の高騰を主な原動力として経済は回復。2007年には9年連続のプラス成長を記録。

予算
2008年より3ヶ年予算に移行。2008年は6.6兆ルーブル(31兆円)、2009年は7.5兆ルーブル(35兆円)、2010年は8.1兆ルーブル(38兆円)。

経済構造改革
産業多様化のため経済構造の改革を目指す。電力増産、運輸インフラの整備、資源の効率利用、ハイテク及びナノテクノロジーの振興が優先課題。「統一エネルギー・システム」、傘下の電力企業の民営化を進め「ロスアトム」(原子力)、「ロスナノテク」(ナノテクノロジー)等の国営公社を設立。2007年3月、3社が合併して世界最大のアルミ企業「統合ロシア・アルミ」が発足。2006年2月の大統領令で「統合航空機製造会社」、2007年3月の大統領令で「統合造船会社」を設立。

経済特区
国内産業の育成・発展や地方開発のため税制、関税及び行政上の優遇措置を定めた「経済特区法」採択(2005年)。これまでに「技術導入特区」(4ヶ所)、「工業生産特区」(2ヶ所)及び「観光・レクリエーション特区」(7ヶ所)を指定。

極東・ザバイカル開発
2007年1月、極東・ザバイカル発展国家委員会創設。11月、「2013年までの極東・ザバイカル経済社会発展連邦目的プログラム」を承認。総額約5700億ルーブル(約2.6兆円)で輸送、エネルギー、通信等のインフラ整備を行う計画。

エネルギー企業の動き
政府高官が主要エネルギー企業の会長職を兼任。政府系ガス企業「ガスプロム」は2007年4月、サハリンIIの事業主体であるサハリン・エナジー社株式の過半数を取得。

安定化基金再編
2004年、原油価格の下落に備え、安定化基金を設立し、原油収入の一部を積み立て。2008年1月、「準備基金」(原油価格下落への備え。1270億米ドル)と「国民福祉基金」(年金、ハイテク振興等。320億米ドル)に分割。後者については明年以降、外国企業の株式・債券等への投資を検討。

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